
青森へ出かけた『7泊8日車中泊の東北旅』のついでに、昔携わった建物を三つ、見て回ってきた。
お天気も優れず、ちょうど良い寄り道になった。

2005年に(有)建築日和として独立する前、私が勤めていた設計事務所へ入社したのは1990年、平成二年のこと。
今回訪ねた建物は、どれもその頃に携わった物件であり、気づけば随分と長い年月が流れていた。

当時の事務所には、私にとって〝師匠〟と呼べる先輩が三人いた。
右も左も分からない若造だった私に、建築という仕事を懇切丁寧に教えてくれた人たちである。
古い順に思い出していくと――

先ずは『十和田俱楽部』。
コンクリート打放し、十和田石、緑青色の外壁を組み合わせた、特徴的な建物だ。
1994年竣工。今から32年前。
用途は保養所。チーフデザイナーはⓀ氏だった。

私はそのⓀ氏に付いて、実に多くのことを学んだ。

大規模建築を集団で設計していく際の、構造担当者や設備担当者との連携。横のつながり。人との付き合い方など。
自分の意見を押し通すだけではなく、時には折れ、時には設計そのものを見直す。
そんな柔軟さも、この頃に教わったように思う。

まだ入社して四年ほど。
経験も浅く、夢ばかり膨らませていた時代の仕事だった。

だからこそ、32年ぶりに見た建物には、何とも言えない感慨があった。

当時は、かなり思い切ったデザインもやらせてもらった。
まだバブルの名残が色濃く残っていた時代で、使われていた材料も、とにかく豪華で派手だった。

そんな頃の建物を、この歳になって改めて眺めると、恥ずかしい部分も実に多い。

もちろん、私が任された範囲の話なのだが、
「よくこんな勢い任せのデザインをまとめ上げたなぁ…」
と、今さらながら思う。

やはり、そこはチーフデザイナーの力量だったのだろう。
―――――

次は『野辺地女子寮』。
直線的なコンクリート打放しに、赤い円筒形のボリュームが印象的な建物である。
1997年竣工。今から29年前。
その名の通り、女子寮だ。

チーフデザイナーはⓃ氏。
実はこのⓃ氏こそ、現在の(有)建築日和の代表であり、私が最もお世話になってきた先輩でもある。

仕事を愉しく続けるコツ。
図面の描き方。ディテールの納め方。
そして、肩に力を入れ過ぎない仕事の流儀。

本当に多くのことを教わった。

この物件では、メイン建物に付属する車庫を、一人で任せてもらった……はずなのだが、その辺りの記憶は実に曖昧だ。
ただ、現地に建っていたシャッター付き平屋の車庫を見ると、
「ああ、これは確かに自分で設計したな」
と、不思議と身体のほうが覚えていた。

メイン建物については、デザイン色の非常に強いチーフだったこともあり、私が意見を差し挟む場面はそれほど多くなかった。

それでも見て回ると、
「あ、ここ俺やったな……」
という部分が意外とあちこちに残っていて、なんだか妙に嬉しくなる。
―――――

最後は『東通村老人保健施設』。
水平に広がる十字形の低層建屋と、緩やかな曲面屋根が特徴的な建物である。
2003年竣工。今から23年前。
用途は介護老人保健施設、いわゆる〝老健〟だ。

チーフデザイナーはⓊ氏。
残念ながら、もう他界されてしまった。
このⓊ氏からは、仕事に向き合う真剣さを徹底的に教わった。

打合せや議事録の重要性。
懸案事項を絶対に曖昧にしないこと。
建築に対して誠実であること。

今の私の設計姿勢は、このⓊ氏の影響をかなり受けていると思う。
本当にありがたい存在だった。
老健の完成間近、Ⓤ氏は体調を崩し、さらに私のすぐ上にいた同僚も早期退職。
結果、完了検査をほぼ一人で対応しなければならなくなった。

あの頃のプレッシャーや責任感は、今でも建物を見ると思い出す。

この物件では、随分と重要な部分を任せてもらった。
若さゆえ、やりたいことばかりが先走り、考えては迷い、決めては悩む。
そんなことの繰り返しだった。

けれど、それもまた、下の者を上手に育て、自由にやらせることに長けていたⓊ氏の影響が大きかったのだろう。

また、施設に付属する特殊車両用の大きな車庫棟については、完全に一人で、しかも自由に設計させてもらった。
今となっては、それも良い思い出である。

そんな若かりし頃の仕事を、今回の〝7泊8日車中泊の東北旅〟の途中で、ヨメさんと一緒に見て回った。
〝思い出建物視察の旅〟
これが実に面白かった。
一つひとつ、当時の思い出話や建物の概要を説明しながら歩いたのだが――

その大半は、
「ここにあったコンビニで、毎回打合せ前にソフトクリーム食べてたんだよなぁ…」
とか、
「この辺の、娘さんの名前みたいな店ばかり並ぶ呑み屋街で、毎回呑んだっけ…」
などという話ばかりだった気もする。笑

因みに番外編として――
前の設計事務所で、本当に一番お世話になったⓈ氏という先輩がいた。
一週間のうち八回は一緒に吞みに行っていたのではないかと思うほど、可愛がってもらった先輩である。
けれど不思議なことに、この先輩とは一度も同じ仕事をしたことが無い。
いつも私の仕事の相談相手となり、悩みを聞き、背中を押してくれる存在だった。
こうした先輩方に恵まれたからこそ、今の私があるのだと思っている。
本当にありがたいことである。